少し僕の話をする -最適化されない僕らのライフについて-

クラウド化される個性について

さて、少し僕の話をしよう。

Apple Musicの「洋楽トップソング」でしか新しい音楽を聞かなくなった、怠惰な僕だ。

そういう時代に僕らは生きているのだと、こんなところからも知らされる。

かつての僕は、予備校で受験勉強をしているはずの時間のほとんどすべてを、中古CDショップ巡りに費やしていた。

かつての僕は、休日の朝から晩までBitTorrentにかじりついていた。

どちらも10年以上前の話だ。

今では、与えられるヒット曲を聞き流すことで満足している。

その意味ではダニエル・エクの意図どおりに事態は進んだわけだ。

「でもなんか、それってつまらなくないっすか。ていうか、いわばちょっと危うくないっすか。」

そう思ったところから、5万字ほどの小説を書き始めたのが3年ほど前。※1

それは実は7年前から書き始めていた4部作の一部だった。

計20万字がやっとこさ完成して文芸新人賞に応募したのが、今年の3月。

最終選考に残った作者には7月中に電話が来るらしいと、まことしやかに言われているが、さて。

僕らの最適化されないライフについて

さて、このサイトをつくったのが僕で、現在の管理者も僕だ。

少し僕の話をしよう。

僕は「情報の流通」に興味がある。

昨年12月に、初めての我が子が生まれた時の話だ。

子に削られていく妻を見ながら、そして何かにがんじがらめにされたような感覚を僕自身が抱きながら、何かが間違っていると感じた

同じ町のすぐ近くに、きっと同じような境遇で追い詰められ、極限状態で子育てをしているような誰かがいるはずだ。

同じ町のすぐ近くに、僕らが置かれているこの境遇をとっくに経験し、知り尽くした誰かがいるはずだ。

その人たちと、ちょっと知り合うだけで、ちょっと語り合うだけで、ちょっと何かを助け合うだけで、何かが改善される可能性を感じた。

その「ちょっと」にたどり着けないのは、結局のところ「情報」の問題だった。

僕らは、その「誰か」がどこにいるのか、知らないし、知りようもないのだ。

そういうわけで、5月1日付けで僕は転職した

この会社でやっと、僕は自分がいるべき場所にいると感じているが、さて。

アナログな僕たちの命には、結局”今”しかないことについて

さて、このサイトも、同じような疑問の感覚から始まっている。

就職してからの僕は、追い詰められたように感じていた。

現代の日本で働いて日銭を稼ぐのはラクじゃない。
(かつてラクだった時代や土地があるとは思わないけれども。※2)

ラクではない上に、将来的にラクになったり、何かを変えられるだろうという希望すら持てなかった。

それでこの辺りの原因はどうも、僕らが孤立しているからではなかろうかと思い始めた。

僕には同世代の皆が今何をしていて、何を思っているのかを知ることができないということが不満だった。

この日本で、地球の上で、みんないったい何をしているんだ?

誰かの動きを知ることは、面白くて心楽しませるだけでなく、時に劇的に役に立つかもしれない。

まさしく知り合いたいと思っていたような誰かと知り合うことができたとしたら、変えたい

と思っていた何かを変えるきっかけになるのかもしれない。

現代の情報流通に対して、僕はまったく不満がある。

Facebookはその1サンプルに過ぎない。

まだ何も終わっていないし、始まってすらいないのかもしれない。

人生の収穫物とは結局、「誰と出会って何をしたか」なのだと、ウェーバーもラッセルも渡辺京二も言っている。(うろ覚えなので原典は明示しない)

近年の大ヒットソングといえばWiz Khalifaの「See You Again feat. Charlie Puth」。

事故で逝ってしまった友人に語り架ける曲だ。

失って始めて、僕らは堰を切ったように語り始めるのだろうか。

僕らの思いを、生きているうちに人生に反映させたいのなら、生きているうちに語る必要がある。

今、出会った事もなければ、知りもしない誰かと語り合うにはどうすればいい。

僕らは結局、何人かの無二の仲間と出会った気持ちでいるけども、たったいくつかの偶然の試行回数の中でそれだけの友人を見つけられたのだ。

誰かの事を知る試行回数の母数を増やしたら、僕らにはいったい何が起こるだろうか。

ブログだからできることについて

WordPressのブログのいいところは、その気になれば様々な視覚的表現ができるところだ。

そこが、SNSとは違うし、なんならSNSの表現もここに埋め込める。

何か、入れたいプラグインとかあったら、僕に連絡をくれれば検討する。

それとブログのいいところがもう一つ。

その気になれば金銭的利益も埋めるところだ。

まずは今、このブログにはGoogle Adsenseが埋め込まれている。

この収益は、参加者で分け合おうと思っている。

仕事に辟易としたり、現状なんらかの副収入を探している人は、何かのきっかけになるかもしれない。

ブログで収益を挙げるためには、記事をたくさん作成してアクセスを集める必要があるわけだ。

それを一人でやるのではなく、みんなの力を集めませんか?というのも、このブログの趣旨の一つだ。

一人ひとりの力を集めて規模化することで、結果的に一人で行動するよりも大きな利益(経済的、社会的、その他あらゆる利益)を個々に配分できるほどのものを挙げられないかと。

いろいろと面白い事が起こせるんじゃないかと夢想しているのだが、さて。

※1
結論としては、別につまらなくも危うくもないし、単にそういう時代に僕らはそういう感覚で生きている、というだけの話。
自分が老いるよりも早く蒸気船文化が廃れたことをマーク・トウェインは嘆いたし、「中つ国」が人間の支配するところとなり魔法が失われていくことをエルフは嘆いたが、どちらもそれを責めたり、ましてや逆らったりするほど愚かではなかった。

※2
奴隷を使えれば、話は少し違ってくる。